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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(オ)1366号 判決 1969年7月04日

上告人 国

訴訟代理人 青木義人 外二名

被上告人 財団法人日本文化住宅協会

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青木義人、同真鍋薫同菅春見の上告理由第一点の一ないし三について。

所論は要するに本件賠償機械の撤去が事実上ほとんど不可能であつたことが被上告人の代金債務の履行遅延についての宥恕すべき事情にあたり、信義則適用の一要件をなす事実であるとした原審の判断が前上告審の判断に抵触するとするものである。

しかし、この点に関する前上告審の判断は、要するに、被上告人が第一回分納金を支払う以前に上告人において使用可能な状態を実現し賠償機械の引渡をすることが上告人の義務であつた如く判断した差戻前原判決の判断が本件契約の解釈について審理不尽の違法があるものとするのである。従つて、前記原審の判断が右前上告審の判断に牴触するものと云えないことは明らかであり、原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同四について。

前上告審判決は、原審が、本件契約をもつて「原判示のような趣旨の契約」であるとの前提に立ち解除の意思表示を民法一条二項にしめされた信義則に反し無効であるとした判断を違法であるとするものである。そして、右にいう「原判示のような趣旨の契約」とは、本件契約は被上告人への賠償機械の引渡、使用可能が前提となつており、被上告人が第一回分納金を支払う以前に上告人において使用可能な状態を実現し引渡をすることが上告人の義務とされている旨の原判示をいうものであることは前上告審判決および前控訴審判決の判文により明らかである。

しかし、差戻後の原審は、本件契約の内容を右に述べた前控訴審判決のごとく認定、判断しているものではない。すなわち、原判決は、本件契約においては被上告人の第一回分納金の支払と同時に本件土地建物内の本件賠償機械を他に搬出、移動し、被上告人が本件物件の現実の占有を取得し直ちに申請目的に従つて使用しうることが言葉の厳密な意味において契約の前提であるとすることはできないとしているのであるから、右前控訴審の判断と異なる前提に立つて所論の事実を信義則適用の一要件をなす事実としているのであつて、その判断に所論のごとき判断牴触の違法はない。それ故、論旨は理由がない。

同五について。

前上告審判決は、所論の事実をもつて信義則適用の一要件事実とすることが違法であるとするものではない。それ故、原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同六について。

原審のした本件契約の解釈についての判断は前控訴審の判断と異なるものであるから、原審は異なる前提に立つて信義則の適用を肯定したものである。のみならず、本件契約成立後上告人の催告から解除にいたるまでの経過について原審の認定は、前控訴審の認定と異なるのであつて、この認定事業を総合して、原審は、上告人の解除権の行使をもつて信義則に反すると判断したものであるから、右原審の判断は所論の前上告審の判断と牴触するものとは言えない。従つて、原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同第二点について。

原審の確定する事実によれば、被上告人は、昭和二五年一一月八日上告人との間に本件不動産について売払契約を締結し、右契約に基づく第一回分納金の納入期日を昭和二六年二月二〇日、第二回分納金の納入期日を同年三月三一日と定められたが、右各期日に所定の支払をしなかつたので、上告人は、昭和二六年一二月二五日付書面をもつて被上告人に対し支払遅延を理由に右契約を解除する旨の意思表示をしたというのである。しかし、被上告人が分納金の支払を遅延した主たる原因は本件建物内に撤去不能ともいうべき賠償機械が存在したからであり、それにもかかわらず被上告人が本件契約を締結するに至つたのは、契約に際し上告人の所管庁たる関東財務局の契約担当官が右機械の撤去は容易であるとの趣旨の説明をし、被上告人もこれを信じたからにほかならず、従つて、このような事態を招いた原因については上告人も一半の責を負うものであり、また、本件分納金の支払期限が延期されたうえ契約解除がされるに至つた経過についてみるも、被上告人は、前記のごとく約定の分納金の支払を遅延していたところ、昭和二六年一〇月ころ、上告人より同月二六日を期限とする催告を受けたので、当時他よりの資金援助が得られる見とおしがあつた被上告人は、上告人にこの旨を告げて期限の延期方を懇請したところ、上告人側ではこれを了承し、同年一一月七日までの延期を承認し、右期限にも支払がないときには契約を解除すべき旨書面で通知した。しかし、被上告人は、右期限にも支払ができなかつたので、同年一一月九日被上告人協会岩沢理事長は融資を内諾した三井不動産株式会社の常務取締役江戸英雄をともない関東財務局に出頭し、財務局長井上義海に対して三井不動産が融資承諾をしたからしばらく支払を猶予されたい旨を申し入れ、江戸常務もその旨口添えした。そこで、井上局長もさらに支払を猶予するから納入を期待する旨言明し、一応再度期限を同年一二月二〇日に延長した。このように、上告人が当初の約定期限より相当期間支払をまち、さらに再度にわたつてその延期を認めたのは、そもそも、上告人は、本件売払にあたつて被上告人が代金の調達を銀行借入金および寄付金によりまかなわなければならない財政状態にあることを知りながらも、なお被上告人の事業目的を意義あるものと認め、これを積極的に助成する意図のもとに本件売払契約を締結したものであり、契約締結後においても上告人は、右意図のもとに被上告人に対し相当好意的な態度を示してきたものにほかならない。そのようなことから、右の再度の期限延長のさいは、右期限を徒過すれば契約は解除されるとの警告はそれほど重きを置かれず、被上告人に充分納得されていなかつたものである。

しかるに、三井不動産株式会社は、被上告人の要求に応じる融資を内定していたものの、都合により予定の期日に融資の運びにいたらず、そのため、被上告人は、延期された分納金支払期限を経過した。しかるところ、上告人は、他に転用するためにわかに当初の方針を変更し、被上告人が再度延長された期限を徒過するや、ただちに本件売払契約をとりやめるため突如として本件契約解除の意思表示をするに至つたものである。

原審の右に確定した事実関係のもとにおいては、上告人のした本件契約解除の意思表示は、上告人が本件契約の締結以来契約の当事者として被上告人に対しみずから示してきた態度と相反するものであり、その態度を信頼してきた被上告人の信頼をうらぎるものであつて、民法一条二項にもとるものといわなければならない。従つて、本件契約解除の意思表示はその効力を有しないものと解するを相当とするから、これと同旨の原審の判断は正当である。

所論は、あるいは原審の認定を争い、その認定にそわない事業を前提とするものもあり、また所論のごとく被上告人の事業計画が杜撰なものであるとしても、これをもつて前記判断を左右するに足りない。原審は、本件賠償機械の移動、撤去が困難でありこれに対処する用意を欠いたまま本件契約を締結したことについての上告人の態度、上告人が本件契約の締結、履行にあたつて被上告人に対し示した好意的態度、被上告人が本件売買物件の維持、管理などの費用の支出をしたことなどをもつて、ただちに本件解除の意思表示が信義則に違反するとするものではなく、それらの事実を総合して判断するものであり、右各事実をもつて信義則違反の有無の判断資料とすることを妨げるものではない。また、被上告人の本件分納金の支払を遅延した態度が必ずしも所論のごとく誠実さを欠くものとすることはできないから、これをもつて不誠実であるとする所論は独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎない。所論引用の判例は本件に適切でなく、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎)

上告理由

第一点原判決には、民事訴訟法四〇七条、裁判所法四条の解釈適用を誤つた違法があり、それは、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、本事件は、既に最高裁判所において判断を受け、第一次、控訴判決は破棄され、原審に差戻されたものであり、したがつて、原審は最高裁判所の判断に拘束されるべきところ、原判決は、これを明らかに逸脱するの違法を侵している。

先ず、最高裁判所の判断の要旨を摘記し、次いで、これに即して原判決の理由を検討することとしたい。

二、最高裁判所は、第一に第一次控訴判決が、「本件契約は、第一回分納金支払さえすれば、控訴人(註、被上告人)は本件物件を現実にその支配のもとにおき、すぐにも賠償機械の移転をし「申請の目的」にしたがつて使用するための工事にとりかかることができるということを前提としてとりきめられたものと認めるが相当であり、この前提がそなわらないかぎり、控訴人(註、被上告人)が代金を支払わないからといつて被控訴人(註、上告人)から無条件に契約を解除することはできないとしなければならない。

もしこれを反対に解するならば、契約当事者双方の地位ははなはだしくつりあいのとれないものとなり、とくべつの事情のないかぎりかような意味の契約をするはずがないというべきであり、本件においてとくべつの事情があることはみとめられない」、としたことは理由を尽くしたものとは認められないとし、「被上告人が第一回分納金を支払う以前に上告人において使用可能な状態を実現し引渡しをすることが上告人の義務であつた如くたやすく判断した原判決(註、第一次控訴判決)には、本契約の解釈につき審理を尺さない違法でありといわなければならない」と判示した。

次いで、最高裁判所は、前段のような判示を受けて、第一次控訴判決が、「控訴人(註、上告人)が、控訴人(註、被上告人)の第一回分納金の支払いあり次第ただちに被控訴(註、上告人)の義務としてなすべき本件土地建物の引渡が当時不可能なことを十分知りながらしたもので、控訴人(註、被上告人)の代金納入がおくれたのにつけこみ、これをいいぐさにして、一般民衆の福祉を目的とするとしてした本件売買契約の趣旨をみずから破つたものといわざるを得ないのである。すなわち、みぎ契約解除の意思表示は民法第一条第二項にしめされる信義誠実の原則に反する無効のもの」としたことは「本件売買契約の趣旨を上告人においてみずから破つたものといわざるを得ないといい得る程に、判示にいわゆる一般の民衆の福祉云々の点が右契約の内容となつていたであろうか。……もし、原判示のいうとおりとすれば、右契約書中に右に関して何らかの文詞が当然あるべきものと考えられる」ので、この点も判決に影響を及ぼすことの明らかな違法があると判示する。

最後に第三に、最高裁判所は、「本件売買は住宅難緩和に役立たせる目的で、代金調達は金融機関からの借入れによることは上告人も承知し、その予想の下に事を運んだものであること、賠償機械が存在しその移動が不可能なため、住宅建設工事着手の見込がたたず、金融機関においても被上告人に対する融資をちゆうちよし、本件第一回分納金の納期も何回か延期せられていたこと、それが昭和二六年一〇月頃になつて賠償指定解除の見込が確定的となり、漸く同年一二月末ころ融資が可能となつたこと等の事実が認められるとしても」第一次控訴判決の破棄せらるべきことの結論には変りはないと判決した。

三、しかる原判決は、その前段(判決理由第二項ないし第四項)において、結論として本解除の事由としての被上告人の債務不履行があるとしながら、その後段(判決理由第五項ないし第七項)において、本件解除は信義誠実の原則に反し結局その効力を有するによしないものと判示する。原判決がその判決理由後において示した判断は、これを仔細に検討すると最高裁判所のした判断に牴触する違法があると思料される。

先ず、判決理由第五項(一)は、同第二項(一)を受けて、賠償機械の撤去は「重大な関心事である」べきところ、両当事者とも契約の際に予想したところに反し、その撤去が事実上ほとんど不可能であつたのは、当事者双方ともに過失があるというべきであり、このことのため第一、二回分納金を銀行融資に頼るという当初の計画が融資の拒絶により、順次遷延したのであつて、支払遅延は相当長期に亘るけれども、「その事由の大半は賠償機械の存在に起因するものであつて、この事態を招いた縁由については売主たる被控訴人(註、上告人)にも一半の責なしとせず、ひとり控訴人(註、被上告人)の代金の支払遅滞の非のみを責めるに急であることは当を得ない」と判示し、それが、信義則適用の一要件となるとする(同第六項)。

原判決の論理は、賠償機械の撤去は本契約において、特に控訴人(註、被上告人)にとつて重大な関心事であつたが、これについて両当事者とも予想を誤つた点で過失があり、それが起因になつて支払遅延したのであるから、その責任は被控訴人(註、上告人)にもあるとするもののように解される。

しかし、原判決はすでに、理由第二、三、四項において第一回分納金支払と同時に賠償機械を撤去することは、重大な関心事ではあるが、「語の厳密な意味において契約の前提」ではなく、結局契約の内容とならないと判示するのであるから、右のように修飾語を附しても、法律的な意味を有しない、精々経済的縁由にしかならないと解さざるをえず、したがつて撤去が重大な関心事であるとしても、法律的に効果があるべき筈がないとしなければならない。そうでなければ、最高裁判所が、「本契約には、前示前提云々(註、第一回分納金を支払さえすれば、本件物件を現実にその支配の下におく、賠償機械を撤去するということ)に関する事項は右証書(註、契約書)中にこれを特に掲げなかつたことについて特別の事情のあつたことの証明がない限り本契約の内容をなし………契約解除ができないものであるとは容易に考え難いところである」として破棄したことについて原審がこれに従つて審理の結果、特別事情の証明がなかつたとする(判決理由第四項)ことと矛盾する。

しかるに、原判決は右のように、賠償機械の撤去の問題が当事者の過失として取り上げられるべきであるとし、それが、被上告人の代金債務の履行遅延の責任軽減に対し法律的意味をもつ、すなわち、信義則適用の一要件であるとするのであるから、この点で最高裁判所の破棄理由たる判断にふれることとなるといわざるをえない。

四、判決理由第五項(二)は、被上告人の事業目的の公益性等について認定した上、「被控訴人(註、上告人)も本件売払をもつてたんなる物納財産の換価による国庫収入の確保のためにするにとどまらず、控訴人(註、被上告人)の事業目的を意義あるものと認めて本件売払契約当時においてはこれを積極的に助成する意図のもとに援助を惜しまなかつた」と認めている。そして、「被控訴人(註、上告人)も控訴人(註、被上告人)の事業目的を助成するとし、従来相当好意的な態度を持して来た」のに、にわかに態度を改め、支払遅延を理由に解除したのは、信義則適用の一要件となるとする(判決理由第六項)。

この点について、原判決は、その理由の前段において触れている。すなわち判決理由第二項(三)において、売払申請書およびその添付書類(甲二七号証の一ないし一〇」が「語の厳格な意味において契約の内容となつたもの」と解し得るかを採り上げ、これらの書類は契約をするについての判断資料とすることを第一次目的として作成提出されたもので、契約までの経緯ないし背景を説明するについて有力な資料であるとし、更に、被上告人が、契約書所定の分納金のうち第三、第四の各分納金は改造工事の結果設備されるべき施設からの寄附金により賄われる筈(甲二七の六、七)のところ、第一回分納金の納付と同時に本件物件の引渡を受け直ちに工事に着手しなければ、その計画がくずれ、結局約定どうり第三、第四の分納金が支払えなくなるから、甲二七の一ないし一〇は契約の内容となると主張するのに対しても、契納のための判断資料に過ぎないとし、ついでそれらの資金計画を承認して、本件を随意契約によらしめたのは、被上告人に相当便宜を供し、むしろ恩恵色彩をすら看取せざるを得ず、「それが本件売払の申請目的と相まつて本件契約に単なる通常の国有普通財産の売払と異なる印影を与えていることは否定しえない」としつつも、結局、売払申請書及びその添付書類の記載は「語の厳格な意義」では契約の内容をなさないとする。

右にかかげた判決理由第五項(二)はこの判示部分の趣旨を受けていると思われるが、それらが、何らかの意味で契約の内容に影響を与えるもの法律的な効果の一契機となるとするものというのであれば、最高裁判所の判断と牴触するおそれがあるといわざるを得ない。けだし、最高裁判所はその判決の末段において「本件売買は住宅難緩和に役立たせる目的で、代金調達は金融機関からの借入れによることは上告人も承知し、その予想の下に事を運んだものであること……」があつても、原判決が破棄を免れないとしており、その中段においては、「一般民衆の福祉云々の点(註、第一次控訴判決が、一般民衆の福祉を目的として本件売買契約がなされたとする点)……が本件契約の内容となつていたことを窺い知るべき何らの文詞も見当らない」としてこの点を根拠に解除の効力を否定すること、すなわち信義則適用の一要件とすることを否定しているからである。

しかるに、原判決は、被上告人の事業目的を強調し、上告人の「寛容にあえて狎れ」た被上告人の「信頼」(上告人にいわせれば不信義をきめこむこと)を重視し、これらの関係を、判決理由の前段では単に「本契約のされるにいたつた経緯ないしその背景判決(理由第二項(三))ないし「事情」(同上)にしか過ぎないとしているのに拘らずしたがつて、それは法的効果に影響を及ぼすべき要素たるをえないと解しているのに拘らず、後段(第五項(二)第六項)においては、一転して信義則適用の一要件としてこれに法的意味を附与している。すなわち、原判決はその前後に矛盾があのみならず、右にかかげた最高裁判所の判断と明らかに牴触する違法なものであるといわなければならない。

五、原判決はその理由第五項(三)および第六項において、「控訴人(註、被上告人)が本件売払契約にもとずき支出した費用もすくなからざるものがある」「控訴人の長期にわたる努力を無に帰せしめ、本件売払契約にもとずき支出した経費はもちろんその存立の基礎をすら根底から奪うにいたつた措置は」社会的妥当の範囲内に止まるものといい難く結局、解除は信義則に反すると判示する。

根上証言によると、昭和二五年五月被上告人の林証人から設計を依頼され、昭和二七年二月項までかかつてこれをやつた。その間直接現場で六カ月も仕事をし、人員は各地から二十三に人を集めた。設計は現状調査を行い、基本設計をした上、実施設計を作成しその外積算などその他万般の設計をしたという。これによれば法人設立(昭和二五年七月一〇日、甲三六号証)、契約締結(昭和二五年一一月八日)に先立ち、資金計画の樹立もないままに設計に着手し、代金支払遅延の間も設計のみが進行していた如くである。その外、若干の清掃費を要したとの証拠もなくはない。

しかし、右のような費用は上告人と何らかのかかわりを持つと考えるべき性質のものでなく、一に被上告人の事業運営の見透しないし巧拙に帰せられるべきものである。まして、賠償機械の撤去とか、公益目的ということさえ、その点が契約書上明確にされていなければ、契約内容とされとことはないというが最高裁判所の判断なのであるから、その範囲外いわば被上告人が見込によつて支出しれ設計費用の如きものが、当事者間の法律関係を律する要素として考慮される如きは、最高裁判所の判断に牴触するものと称して差支えあるまい。したがつて、原判決が、被上告人の出費を無視し、契約を解除し、そのため存立の基礎を危くしたとしてそのことを信義則適用の一要件としているのは誤つていると考える(附言すれば、何らの資金もなく、財団法人という名で、数億の事業を考え、漠然たる資金計画で払下を受け、従らに資金捻出に奔走するような基礎薄弱な被上告人の責を上告人にあるとするが如きは社会常識上当然とされるべきものかどうかが問題とされねばなるまい)。

六、判決理由第五項(四)は、契約解除にいたるまでの経過を認定し、右契約解除が突然の、不意打ちであると控訴人(註、被上告人が感じてもあながち責めることはできないとし、第六項は、控訴人(註、被上告人)がようやく資金調達の方途を掴むに及んで他に転用するためにわかに右態度を改め、支払遅延を理由として契約を解除したのは結局信義則違反の一要件として評価されるべきものとする。

しかし最高裁判所はすでにその判決の末段において、「賠償機械が存在しその移動が不可能なため、住宅建設工事着手の見込がたたず、金融機関においても被上告人に対する融資をちゆうちよし、本件第一回分納金の納期も何回か延期せられていたこと、それが昭和二六年一〇月項になつて賠償指定解除の見込が確定的となり、漸く同年一二月末ころ融資が可能となつたこと等の事実が認められるとしても」第一次控訴判決は破棄せられるべきこととしている。そして、ここにかかげた事実を原判決は認定しているのであるから、原判決が右の事実をもつて、契約解除の効力を阻止する信義則適用の一要件とし、「不意打解除」であるとすることは、結局第一次控訴判決と同じ誤りをおかしていることになる。すなわち最高裁判所の判断と牴触することとなるというべきである。要するに、原判決は、さきに本件についてなされた最高裁判所の判断と牴触する違法な判断をしており、それは判決の結果に影響を及ぼすことを明らかな違法であり、破棄されるべきものと信ずる。

第二点原判決には民法五四一条、一条二項および法律行為の解釈適用を誤まつた違法があり、それは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、原判決が本件契約解除が効力を生じない信義則違反のものであるとする根拠は四個ある(判決理由第五項(一)ないし(四))。

1 賠償機械の撤去が容易にできると契約当時、当事者双方が誤認するという過失がある。したがつて支払遅延は上告人にも責任がある。

2 被上告人は住宅難緩和を目的として設立された法人であり、その目的が上告人の住宅政策に副うため、被上告人の事業目的に公益性を認めて随意契約により本件物件を売払つたのであつて、上告人はこれを助成援助する態度をとつていた。しかるに、他に転用するため、にわかに態度を一変し資金調達の方途を掴んだ被上告人の期待を裏切つて解除した。

3 被上告人が設計費、清掃費等の支出をしているのに、解除によつてこれを無に帰せしめた。

4 解除を被上告人が突然の、不意打のものであると被上告人が考えてもあなたがちとがめることができない事情がある。

というのが根拠であり、もし、解除を有効にしようというのであれば、次のような措置をとるべきであつたとする。すなわち

「右延長のさい(昭和二六年一一月九日、岩沢理事長と井上財務局長との間で江戸英雄立会の下に、同年一二月二〇日まで延長したことを指すものと考えられる)その旨相手方に徹底せしめ、要すればその旨の請書を徴するか、その後において期間経過の事前に再度警告を発するか、それらのいずれをもしないならばさらに今一度相当期間を定めて催告をする」べきであつた、と判示する。

しかし、右の判示は本件契約解除に対し不当に信義則を適用し、結局、解除の効力を否定した点で、前示各法条の解釈適用を誤つたものであると信ずる。

以下、先ず原審が確定事実関係を中心に、本件契約の経過を概観しつつ、その認まりを指摘することとする。

二、1 被上告人の事業計画は極めて杜撰なものである。

被上告人協会が設立されたのは、訴外林がたまたま昭和二四年、曾つて官庁在動中知り合つた者からの紹介で本件物件を知り、物納を経た上払下を受けることを思いついたのがきつかけである。(林証言)。訴外林は買受人を個人としてではなく財団法人とすることとし、被上告人を設立した(甲三六号証)。財団法人とはいいながら財産は一〇二万円(甲二七号の四)であつて、申請と許可との間に僅か五日程度の審査で簡単に設立された。もつとも理事には建設、大蔵両省出身者をあて(判決理由第五項(二))形式を整えるについて配慮した跡は窺える。

しかし、被上告人の呼号する数億円に上る工事費を要する大事業をする場合、単に形式をととのえるだけで、資金も満足にない状態で契約の当事者となつて果して法律的責任を完くするだけの実態を具えたものといえるものであろうか。第一回、第二回分納金は銀行融資に頼るというのが被上告人の計画であつたというけれどもその具体的計画内容は何ら明らかにされていない。一般に銀行融資は貸付条件が厳しく経済的信用について徹底的調査をするのが通例であることは公知の事実であるのみならず、当時は住宅建設には金融機関も融資を差控えていたというのである(江戸証書、昭和三二年四月八日)から銀行、融資に資金を仰ぐという以上先ず契約に際してその具体的な計画があるべきが、本件のような買主として当然とるべき措置である。単に、契約後、二、三の銀行について融資を頼んだら、賠償機械のため拒絶された(判決理由第五項(一))ため支払が遅延したという如きは、営利を目的とすると否とを問わず、契約当事者として著しく迂濶であり、信義に欠けることといわねばならない。賠償機械が存在することは訴外林が昭和二四年現地を視察した際充分諒承していることであるから、その経歴から見て又その事業目的からみて、その処置を如何にするかは当然考慮を廻らす立場にあり、それを何ら配慮することなく、契約を締結した上で、被上告人の経済的能力を判断して融資しなかつた金融機関の堅実経営のはねかえりを賠償機械の存在に結びつけるのは筋違いというべきであろう。要するに、支払遅延の原因の一つは、被上告人の事業計画の甘さにあるのであつて事業家(営利の有無は問わない)としてなすべき周到な配慮の欠缺に帰せられるべきものである。

2 賠償機械の存在は支払遅延と因果関係はない。

原判決は賠償機械の存在は被上告人にとつて重大な関心事であつたとする(判決理由第二項(一)、第三項)。たしかに、賠償機械があつては、本当に事業目的を遂行するつもりであるとすれば、その障害であることは当然である。原判決は、その撤去が極めて困難であることを認定し(判決理由第三項)、その反対証拠を全く無視している。すなわち、有保証言(昭和三七年一〇月三一日、同三八年五月二二日、小田証言(昭和三八年九月九日)乙一一号証ないし一五号証等によれば機械の移動は簡単にできたからである。

更に注目すべきことは、賠償機械の存在が問題とされたのは、本件が争訟事件として裁判所で取り扱われるようになつてからではないかと思われる節のあることである、すなわち、例えば、上告人の契約担当官たりし井上証人は、何回か被上告人側と面談しているが機械のことが話に出たことはなく、只管資金がないから支払を待つてくれという話であつたと証言している(昭和三九年六月二二日)。

かりに、賠償機械の問題があつたとしても、被上告人は先ず代金を支払う債務を誠実に履行すべきである。被上告人としては代金支払の債務だけを履行すればよいのであるから、同時履行の抗弁権その他不履行を正当ならしめる事由のない本件では、代金を支払わないということは買主として信義則に反しない誠実な態度とはいえない筈である。被上告人は賠償機械の存在を根拠に上告人の態度を責める前に、自ら買主として代金を提供してはじめて信義則を援用しうるとするが正当であろうと思われる。

被上告人は、昭和二七年二月になつてはじめて、第一回分納金と年利九分として一〇数日の延滞利子を提供した。しかし、すでに第二回分納金の納期も過ぎている当時の状態においては(乙三号証、乙四号証)、これをもつても被上告人の債務不履行は解消せられるべくもないのである。

賠償機械の存否は契約の内容をなしていないのであるから、これを被上告人の支払遅延と結びつけて論ずべきでないことはもちろん、被上告人は昭和二七年二月にやつと分納金の一部を提供するという態度に出ているが、これをもつて債務の履行について誠次なものと評価すべきでないことなにびとの日にも明らかなところであろう。

原判決は、賠償機械の撤去が事実上不可能であるに拘らず、両当事者共この点に深く思を致さず契約を締結したのは過失である「支払遅延……の事由の大半は賠償機械の存在に起因するものであつて、この事態を招いた縁由については売主たる被控訴人にも一半の責なしとせず、ひとり控訴人の代金の支払遅滞の非のみ責めるに急であることは当を得ない。被控訴人が当初約旨の期限より相当期間支払を待ち、さらに再度にわたつてその延期を認めたことは右事態に対応する被控訴人の態度を示すものとしてこれを評価するにやぶさかではないが、これによつて尽きるとするのはまだ十分でな。」いと判示する。

かりに、原判決の判示するように賠償機械の撤去について両当事者において容易であると考えたのにそれが著しく困難であつたとの点に誤認があつたとしても、上告人の解除権の行使が制約を受ける結果を来たすような、信義則適用の一要件とせられるようなものではないと考える。

原判決が判示するところは、いわゆる「契約締結上の過失」ではないようである、契約締結上の過失という以上、被上告人に過失がない場合でなければならず、契約そのものは原始的不能として無効であつて損害賠償責任の問題に帰するべきであるのに、原判決は双方に過失を認め、契約は有効に成立、存続しているとしているからである。原判決の意図は、被上告人の債務不履行は軽微なものであつて、それは両当事者の過失に起因するものであるから、被上告人に債務不履行の不利益を全部負わせるわけにはいかないとの趣旨に出ずるもののようである。

しかし先ず、被上告人の代金債務は附随的なものではなく本件契約の眼目であるから、その不履行の効果に影響を及ぼすような解釈は極めて慎重になされるべきであることに留意する必要がある。原判決のいうように、上告人に被上告人の債務不履行に責任があるといつても、そのことの故に、一挙に被上告人の債務不履行の責任が消滅し、上告人の解除の意思表示が効力を生じないということになるとする解釈は、上告人の過失(かりにあるものとして)重視し、被上告人の過失につき何らの顧慮をしないのと同じで、両当事者の地位が極めて均衡を失する結果を来たすことになり、不当であるといわねばならない。

そこで、次に、原判決のいわゆる「両当事者の過失」につき、その程度内容について比較検討して、上告人の責に帰せられるべき点の有無を明らかにしたい。

すでに述べたように、被上告人の設立は契約直前であるが、すでに理事の林証人は昭和二四年に本件物件を見分している。そしてその際賠償機械の存置状況は十分認識している。終戦戦直後まで中央官庁の要職におり、その後契約当時まで政府の要職者と接触交渉を持つ林証人が、当時の状況下における賠償機械撤去等の方法について知らない筈はなく、知らないとしても、住宅転用の目的で払下を受けようとするのであれば、これについて考慮を廻らさず、契約を締結したことは「重大な過失」といわねばならない。「関東財務局の契約担当官がその撤去は容易であるとの説明をした(原判決第五項(一)」としても、それが誤まつていたとしても、「被上告人にとつて重大関心事」である賠償機械の問題をこの程度の釈明で容易に信じた点は深く責められるべきであろう。もちろん、関東財務局の契約担当官が容易に撤去できると説明し、それが事実に反するというのであれば、その軽卒さは責められるべきであろう。しかし、被上告人は本件契約を非常に急いでいて、むしろ受動的立場にあつた上告人側としては(井上証言、有保証言)、賠償機械が存在することを前提として、その管理・移転はすべて被上告人側の責任においてに処理する(甲第一号証、一一条)という条項によつて、すべて解決する、上告人側としては関知しないという態度で臨んだとしても、あながち強く青められるべき程のことはないであろう。すなわち、賠償機械の撤去について払うべき注意の程度として要求される度合は被上告人において極めて高く、その内容においても大きいのに反し、上告人側としては、これに比し低く、小さいものというべきである。したがつてこの両者を同列に置いて考えたり、それを基礎に、被上告人履行は何らの利益を受けず、責任を問われないのに上告人の解除権が制約されて結局効力を生じないとする原判決の判断は正当でない。

原判決は、再度の期限の延長をもつても、一年余の代金債務の履行の猶予をもつてしても、上告人の契約解除権は完全でなく、被上告人の債務不履行の責任はないとするが、かくて、両当事者の地位の均衡は極度に失なわれているといわざるをえず、妥当な結論でないと信ずる。

3 延納・随意契約という契約条件であつても、解除権の行使は妨げられぬ。

本件契約が、基礎薄弱な被上告人を相手方として締結されたにしては、随意契約によつたり、延納を認めたりした点で、被上告人に有利であり、原判決のいうように相当好意的な態度と称しうるかもしれない、しかし、それだからといつて、上告人が代金債務不履行を便々と待たなければならぬという理由は全くない。国有財産売払契約において代金未納の場合は解除することが通則であり、本件解除はむしろ遅きに失したの感がなくもない。又、条理上から考えても、被上告人に対し契約条件として寛大なものである以上、その履行を求めるについて厳重であるのは当然というべきものであろう。上告人には法律上何らの責むべき点がないのに、被上告人の代金債務不履行が延々と続くのを手を拱ねて待たねばならぬとすることが、当事者の地位の公平を保つ所以でなく、したがつて正当な債権関係の解釈とはいえない。

原判決の認定するよつに、被上告人が公益目的の事業をするものであつても、本件契約が私法上のものであり、国有財産法上物納を受けた普通財産である以上、適正な国有財産管理の方針に基き、解除すべきものは解除することはいささかも妨げられない。又、かりに他に転用の目的があつたとしても(その然らざることは井上証言参照)被上告人の債務不履行を正当化し又は解除を無効にさせる法的原因たりえない(後記判例参照)。

4 設計費清掃費等の被上告人の出費は上告人と何の関係もない。

原判決は被上告人が設計費として六〇〇万円位を出費し、その他清掃、監視のため費用を要したのに、本件解除により無に帰せしめたとし、上告人を責める。しかし、設計は本件契約の前に被上告人が勝手に依頼したものであつて、本件物件売買契約と全く関係ないこと多言を要しない。のみならずこの種の費用は専ら買主の事業計画の一環をなすものであつて、上告人としては全く容喙しうる限りではない。もちろん本件は住宅に転用するという「申請の目的」があるけれども、幾何の設計費を出費すべきかとかその負担の如きは上告人の関知すべきものでないことは極めて明らかである。したがつて、かような出費が債権関係を支配する要因として解除の効力を減殺する効力あり又は債務不履行を正当化すると考える如きは牽強附会の甚しきものと考える。又、清掃・監視費にいたつては言語道断であつて、本件物件の引渡は遂になされていなかつた(乙第一号証参照)のであるから、本件物件内に立ち入るべきでなく、費用を要したとしても全く被上告人の自ら進んでなした出費であるのみならず、被上告人としては賠償機械を被上告人が勝手に処分されて担当事務当局では甚だ困惑したことすらあつた(小柳証言)のである。

結局被上告人が原判決のような出費をしても、それは、本件契約とは全く無関係なものであるから、その事実があつたとすれば、別途の救済方法に拠ることは格別、本件契約の解釈にあたり信義則適用の一要件とされるべきものではない。

5 本件解除は突然又は不意打のものではない。

原判決の認定するように、本件売買契約は昭和二五年一一月八日締結され、上告人は契約条項に基きその第一回分納金一九、六八三、一四三円の納入期日を昭和二六年二月二〇日と指定した。しかし、被上告人はこれを徒過し、第二回分納金一〇、〇〇〇、〇〇〇円についても約定の納入期日たる同年三月三一日も徒過した。

被上告人は、「融資の都合上」ということのみを理由に具体的にいかなる目算があるかも明らかにせず、代金支払の履行を怠たり、只管期限の延長を上告人の関係係官に懇請するのみであつた。代金債務であるから、支払を怠る以上、当然履行遅滞の責任を免れないところ、被上告人はその責を免れるべき事情について何らの釈明をしてないのである。債務者としては何故に代金の支払をしないかの具体的事実を明らかにするのが執るべき態度ではなかろうか。例えば、単に銀行に融資を申し込んだが断られたというに止まらず、何某銀行に対し、如何なる趣旨の融資を申し入れたが、如何なる理由で断られたか、又それは当初の具体的目論見とどの点でそごを来たしたか等について、上告人をして納得のいくように主張・立証してその説得に努めるべきではなかつただろうか。しかるにかような態度に出でず、単に金ができないから待つてくれということのみで、期日の延期を求めることが誠意ある態度といえるであろうか。日常の取引を見ても、その然らさること明瞭であろう。

上告人としては国有財産管理上からすれば異例の寛容さを以つて長期に亘り二十数回に及ぶ期日の延期要請にやむなく応じて来た(井上証言、有保証言)。原判決は上告人が異例の寛容さをもつて代金支払の延期懇請に応じたことをもつて、或は賠償機械の存在についての誤認(撤去が容易であると考えていたが殆んど事実上不可能であつた)或は被上告人の事業の公益性ないしこれに対する好意的態度の表現、更には、普通財産売払の場合には、会計検査院から指摘がなければ一般には解除しない慣例等の認定の縁由としているといえなくもない。もしそうだとすれば、井上証言、有保証言をはじめ、国有財産管理の諸法令ないし適正管理の理念ならびに広く一般民間取引の実情から考えても正鵠を得た認定とは思えない。解除が遅れたのは、卒直にいつて林証人の異常とまでに思える執着心(被上告人協会の名において、高級官僚ないし国会議員を理事に擁する被上告人を背景にして)、更にいえば情諸的な熱意に負けた結果の代金支払延期要請に対する上告人担当官の裁量の結果であると見るのがこの点についての事実の把握としては素直なものであると考える。

しかるに、被上告人は約旨に反し(甲第一号証第四条)、本件土地建物内に入り込み勝手に物件を処分したり(小柳証言)、相変らず代金支払の延期をのみ要請し具体的計画を何ら明らかにせず日を過すのみであつたため、上告人は昭和二六年一〇月一八日付書面をもつて、同月二六日迄に代金を納入すること、履行しないときは解除する旨の通知を発した(乙一号証)。

この段階において、被上告人はその債務の履行について単に誠実性がないという以上の不信行為をしているといえるのである。そしてこれに対し、上告人が契約関係を断絶しようとした意思は極めて明確に表現されており、それは何人からみても至極妥当なものとして評価判断されるべきものであろう。

右解除の通知に対し、被上告人は払下代金の納入期日同年一〇月二六日ではなく一一月一〇日迄延期されたい旨願い出てたので、上告人はやむなく、一一月七日まで延期することにしてその旨被上告人に通知した(乙二、三号証)、しかしもちろん、一〇月二六日なら代金支払の目算がないけれども、一一月一〇日ならば、それがあるというものでなく、具体的にいかなる金融上の措置がはかられるかは、被上告人が明らかにしたわけではない。又、上告人が一一月七日まで待つといつたとき、被上告人がこれを了承しているけれども、同日まで繰り上つても確実に履行することが期待できる状態であつたかどうかは、記録上何ら明らかにされていない。しかし、これはその後の経過でわかるように履行されていないのであるが、その当時、被上告人が本当に誠意を以つて履行する決意を有し、かつそのための客観的諸条件が揃つていたかどうか、もしそれがないときは債務者として誠実のない信義に欠ける行為と称されるべきであろう。

この点について原判決は次のように認定している(判決理由第五項(四))「昭和二六年一〇月ころにいたつて近く本件物件につき賠償施設指定並びに本件機械につき賠償指定の解除がある予定とのことが新聞紙上に発表されたので、折柄銀行融資の道をとざされて困却していた控訴人は三井不動産株式会社の常務取締役江戸英雄に第一回分納金の融資を依頼し、江戸常務から融資の承諾を得た。そのころ控訴人は被控訴人の同年一〇月二六日を期限とする催告を受けたので三井不動産の援助が得られる見とおしがあることを告げて期限の延期方を懇請したところ、被控訴人側ではこれを了とし同年一一月七日までの延期を承認し、右期限にも支払がないときは契約を解除すべき旨書面で通知した。」と。

原判決の右認定には異論があるがそれはさておき(例えば、江戸証人は昭和二六年一〇月項三井不動産が一一月七日までに確定的に融資するとは証言していないし、被上告人も、「三井不動産の援助が得られる見とおしがある」という程度のことを理由に期限の延期方を懇請しているのであり、又、「三井不動産の会社内部においては同年末ころまでには……融資を承諾するとの態度を決定した」と原判決が別に認定しているのであるから、原判決が、昭和二六年一〇月頃「江戸常務から融資の承諾を得た」と認定している如きは納得できない。)その認定によるも、単に「融資の見とおし」程度で、確たる客観的諸条件が揃つていないのに、期限を切つて延期を求めているのであつて、そのような被上告人の態度が誠実であるといえるのが又、それにも拘らず、上告人が被上告人に対し履行について注意を促し契約関係が破綻に近いことを警告し、条件的解除の意思表示をして、履行の機械を忍耐づよく待つ上告人の態度が妥当とせられるべきかは、多言を俟たずして明らかであろう。被上告人は履行についてその場のがれの態度で単に処しているのであつてこのことは次の段階で更に明らかになる。

すなわち、一一月七日を経過しても、被上告人は代金の納入はおろか格別の連絡もしなかつた。前段述べたような経過に徴するまでもなく、一般に約定の期日を漫然徒過して何の意思の表明がないようなことは不信行為と称して差支えないのであつて、この時に契約解除の効力が発生したというべきものであろう。約束を守るということは当事者を支配する最高の理念である。本件のように上告人が国であろうと被上告人が公益法人であろうと、いなそれなればこそ、このことは守られるべきものである。これを無視して平然たる被上告人の行動は契約当事者として信義に反しないというのであろうか。かような態度が当事者として誠実なものといえるであろうか。被上告人のその場限りの、口先だけの、相手方を無視した行為は充分認識をしておく必要があろう。

上告人はそれにも拘らず、好意的に被上告人に意向をたしかめた。これに対し、被上告人は九日になつてやつと関東財務局に出頭したのであるが、本件払下にかかり切りの被上告人の態度として、打てばひびくという誠意のある行動といえるものでないのに反し、上告人側のとつた処置はいかなる点でも非難されるべきところはない(もしあるとすれば寛容に過ぎたということであろう)。

被上告人は上告人から催促されてやつと、一一月九日原沢理事長ら外が江戸常務とともに関東財務局に出頭したが、その経過、結果につき原判決は次のように認定している。すなわち、「同年(二六年)一一月九日控訴人協会岩沢理事長は林理事らとともに三井不動産の江戸常務をともない関東財務局に出頭し、財務局長井上義海に対して林らとともに三井不動産が融資承諾をしたからしばらく支払を猶予されたい旨を申入れ、江戸常務もその旨口添えした。そこで井上局長も、三井が援助するのであれば安心だから、待つ、との言賀を与え、一応再度期限を同年一二月二〇日に延長した。」と。

原判決は、右の認定に反する証拠はないと判示する。しかし、例えば、次のような証拠を無視している。井上証言によると、「岩沢さんに今までの経緯を述べてこれ以上は延ばせないから、どうしても資金調達ができないならば契約を解除せざるを得ませんということを申上げたと思います」

「岩沢さんを呼んだのはいつまでに納めないと解除するといつ趣旨の最後通告的な話で呼んだのです」

「私の記憶では事情(注、右の事情)を納得していただいたと思います」

(その際国側で賠償機械を撤去してもらいたいという趣旨の希望なり要求はありませんでしたかとの間に対し)

「そういうことは問題にならなかつたように記憶しております」(この解除は、駐留軍の宿舎に提供する必要にせまられたからで、代金の納入しなかつたのは表向の理由ではないかとの問に対し)

「そういうことはありません」

「何しろ第一回、第二回の代金が非常に長期間にわたつて支払われないし、先程ちよつと申したように新規契約でこういう例は(注、解除しないで、代金納入を待つこと)私は殆んど記憶がないのです」

「最後に理事長である岩沢さんにきていただいて 有保、小田も立会つてそれまでの経緯を説明して了解していただいたのです」

「三井が引受けたという記憶は私はありませんが」

又、江戸証人は次のように証言する。

「払下代金も年末までに納入してくれという関東財務局の話だつたが、私の方では昭和二六年中に住宅協会へ融資しませんでした。それは住宅協会の方で金融のメドがあるといつておりましたし、当時住宅建設の融資は表面から銀行に頼んでも断られる事例が多かつたのです。又私の方としても当時の業務規定ではアパート建設に対しては直接融資できませんでした」

「融資するとなれば私の方の手許の金を出すわけで成るべくなら住宅協会の資金でやつてもらいたかつたのです」

次に有保証言を見よう。

「一一月七日に林さんにお願いして結局お見えにならなかつたんです。で、八日に協会の島野さんという方が局長室に見えまして、これで一一月九日に必ず岩沢理事長さんが伺うからということで帰えられました。

私は井上局長の意を受けましてこの際何回待つておつてもこれは処置がつかんと、国がこれだけ一年近く待つておつても金が入らないでは困ると……一一月九日に岩沢理事長と林さんと三井不動産の江戸業務部長、私と局長とで話しました。

そこではお互に紳士協定を結ぼうと、あなたも紳士なら私も紳士だと思つております。

それで一定の期日を延ばすから今度は納入してもらいたいと、もし今度納入されないときには契約を解除するということをいわれました。

それで岩沢理事長の前で話しましたところ岩沢理事長はよろしいと必ず持つてきますと話しました。その期日にまでお払いにならんときには必ず契約解除しますぞということで何回も局長から岩沢理事長に申し上げたわけです。」(以上第一回)

「本件解除は……一〇ヶ月も一年も延すことはできない、当時の管財部長として私は止むをえないと考えました」

「私個人としては右契約解除は行過であるとか、不当だとか考えたわけではありません」(以上第三回)

ここで、上告人は、原判決の経験則、採証法則違反を積極的に取り上げようとするつもりはないが、事件の経過から見て一一月九日の両者の江戸英雄を交えての会談が本件契約に大きな意味を持つていることを指摘し、その認識の上に立つて、事件を見通すならば、一二月二五日付の契約解除が決して「突然の、又は不意打の」ものでないことが理解できることを強調したいのである。換言すれば延期した、期限を念頭に置かないで、無条件で井上局長が待つ、といつたのではなく、あくまで最後的なものとして、「紳士協定」という立場に立つて延期したものであるから、被上告人がこれに応えて代金債務の履行をしないときは契約の解除があるべきことは両当事者ともよく了解していたわけである。もつとも江戸証言にあるように、被上告人側としては、本当にこれを履行するつもりはなく(三井としては融資するところまで踏み切つていたとは思えないと窺われる)これまでどおりの安易な期限延ばしと考えていたところに誤算があつたといえなくもないが、それは自らがこれまでの不信義に溺れていたことに起因するものであつて、これを根拠に、このときの約定による契約の解除をもつて、不意打とか突然とか考えるのは余りに身勝手というべきであろう。

原判決は前記は前記判示に引き続き次のとおり判示する。

「そのころ三井不動産の会社内部においては同年末ころまでには第一回分納金はもちろん将来依頼されることのあるべき第二回分納金の融資もこれを承諾するとの態度を決定していたが、年末にあたり資金需要が多く、なお具体的な融資の運びにいたらない内に再度の期限も経過した。しかし控訴人(注、被上告人)としてはすでに三井不動産が承知して被控訴人(注、上告人)の面前でこれを確認した以上今度こそは間違ないものとして安心することともに、納期の多少の遅延は約旨の遅延損害金によつて補填されるであろうとして引き続き融資手続の促進をはかつていた。」と。

「三井不動産は年末頃までには融資の態度と決定していた」というけれども前記のように江戸証言からはそれは必ずしも明らかではなく他に証拠はない。のみならず、三井不動産のように機構の整備したかつ資金計画も周到な一流会社が、融資の態度を決定しながら(それが内部的にどのような手続を指すのか明らかでない。単なる一常務の主観的意向を指すものではなかろう)年末にあたり資金需要が多く、具体的に融資できなかつたという如きはいかにも社会、経済常識に反する。年末の資金需要が増大するのは公知の事実であり、本件融資が本当に同社の資金計画に織り込まれているものであるならば、融資が、実現するのが当然である。したがつて、被上告人が安心し、多少おくれても大丈夫だと思つたという如きは、極めて軽卒であるといわねばならない。なお、「引き続き融資手続の促進をはかつていた」との判示はいかなる証拠によるか、具体的に何を指すか暖味であることも附言しておく。

要するに、上告人側では、一一月九日の岩沢理事長、林理事と井上局長、有保部長らとの当事者本人同志の会談、しかも江戸証人の立合で行われた会談で、代金の支払を催告し、その期限は一二月二〇日を厳守し、それが守られないときは解除するということを明らかにし、その点について紳士協定を結ぶということで相手方と了解が成立したと考えていたのに反し、被上告人側ではこれを軽視し期限を徒過してもこれを釈明する等の努力もせずこれまでのその場のがれの態度に終始したことに帰する。そして原判決は上告人側のこのような意図と態度を正当に評価せず、被上告人側の誠意のない、その場のがれの態度が当然であるかの如く評価する。しかし、債権関係で結ばれた当事者の態度としてこのような被上告人側の態度は果して正当として是認されるべきものとは到底考えられないところである。

原判決は更に進んで次のように判示する。

「しかるに林、江戸らの右申入当時国は講和条約発効を目前に控えて駐留軍宿舎に提供すべき大規模な建物を物色しており、すでに本件建物もその候補のリストにのせてあつた関係上、大蔵省内部においてはたまたま本件土地建物について控訴人(注、上告人)の第一回、第二回分納金の支払が遅延していて未決の状態にあつたところに着目し、当初の方針を変更し、控訴人(注、被上告人)が再度延長された期限を徒過するや直ちに右売払契約を取りやめるため本件契約解除を決し、担当機関たる関東財務局長にこれを命じ、同局長は前記のとおり控訴人(注、被上告人)に対し契約解除の通知をした。」と。

その当時駐留軍宿舎に提供すべきこととしていなかつたことは井上証言その他があるけれども、それはさておき、被上告人が、その債務の履行について信義則に欠けるようなその場のがれの履行延期を求めるのみで債務の不履行にある以上かりに「当初の方針を変更して」解除したとしても何ら責められるべきことではなかろう。転用の目的で解除したからといつて、そのことの故に解除が信義則に反するものではないことはすでに判例の存するところである(デパートを建設するために転用する目的で無断転貸を理由に解除しても、民法一条二項にならぬ。最高昭和三一年一二月二〇日 民集 一〇巻一二号一五八一頁)。

この点について、原判決は次のように附加している。

原判決は、解除をするといつても、それは慣例的で、会計検査院の指摘がなければやらないものであるかの如く判示する。しかし、井上、有保証言にあるとおり、右は事実に反するものであり、会計検査院の職責からいつても極めて不可解である。殊に検査院がこれを了解したとの点については、何をもつてこれを認定したか理解に苦しむところである。

更に、原判決は、一二月二〇日まで延期したについて書面を作成しなかつたことも、解除を軽視する一要素としているけれども、被上告人の理事長と林理事、契約担当官の井上局長、有保部長、小田課長という責任者の会談で、かつ第三者たる江戸証人を交えての場において、「紳士」的に話し合いが進められ、相互に事情を了解した場合なおかつ書面をもつてしなければならないと考える必要はむしろないというべきである。

第三に、三井不動産が二七年二月になつて融資するについて解除することを顧慮しなかつたのは、解除に重きを置かなかつたと解すべきであると原判決は判示する。

しかし、江戸証言のように、二六年一二月中は融資するつもりはなく、被上告人側からもその要請があつたわけではないと窺われる。かつ、融資者としては融資金の回収に配慮するのが当然であるが、本件契約解除あるべき懸念を持たなかつたのは、三井不動産の不注意によるものと解するのが経験則に合致するものである。さらにいえば、被上告人の不誠実な態度が、三井不動産に対しかかる不注意を招来したものとみるべく、三井不動産が解除あるべき顧慮をなさなかつたことを上告人の解除の意思表示が不明確であつたことに帰せしめる旨の判決には論理の飛躍がある。

最後に、原判決は解除の意思表示の到達時期も、本件解除が不意打とする根拠とせられているようであるので、これまで何度もふれたところ(昭和三七年三月二八日付昭和四一年七月二〇日付準備書面)であるが、上告人の立場を明らかにしておきたい。

原判決は上告人は昭和二六年一二月二五日付書面によつて解除の意思表示をしたが、その書面は当初被上告人の事務所所在地たる中央区銀座八丁目三番地に送達されたところ、右事務所は事実上移転していたため、習二七年一月八日返戻されたため、直ちに参議院会館内の岩沢理事長の事務所にあてて右書面を郵送したところ、同月一一日同会館受付係を経て、岩沢の議員秘書赤尾勇に送付され、同人が受領したこと、岩沢はそのころ地方遊説中であつたため、被上告人の仮事務所たる理事山沢真竜宅にあてて開封されずに転送されたが、二月八日にいたり、岩沢その他の被上告人理事らにおいてその内容を現実に了知したことを認定している。

先ず、上告人としては、右意思表示の到達すなわち法律上の効力を発生する日は、おそくとも昭和二七年一月一一日であると考えている。けだし、被上告人の了知しうべき状態におかれたのは同日であるというべきであるからである。もちろん、送達の場所が参議院会館であることはその効力に何らの影響を及ぼすものとは考えていない(その詳細は昭和三七年三月二八日付準備書面第二項を援用する)。

この点について、原判決は積極的になんらの判示もしていない。そして現実の了知日を認定するにとどまる。しかし、代金の納入は二月七日であるとし、現実の了知日を二月八日であるとしているのであるから、現実の了知日を契約解除の意思表示の到達の効力の発生した日としているのではなく、その前であるとの解釈をしていると考える。けだし、そうでなけれは、解除の効力を云々する必要はないからである。

しかし、解除の意思表示の法律上の効力発生の日を確定しないで、不意打の、突然の解除かどうか、これに対応する債務者の履行の所法が信義則にかなつたものかどうかを判断することはできないのではなかろうか。原判決が、この点を避けて判示したことは注目されるべき必要がある。

解除の効力は、右に述べたように、実際には昭和二七年一月一一日発生したのであるが、本来ならば、昭和二六年一二年中に発生すべきものなのである。被上告人は上告人に無断で事務所を移転していたため、転送に日時を要したことによるからである。事務所を移転したことを上告人に通知しなかつたことは、被上告人の認めるところであるが、このような態度は信義則上看過されてよいものであろうか。被上告人の態度を測定する一つの徴表と称しえよう。

被上告人は、約定の一二月二〇日の期限を徒過しても上告人に対し何らの釈明もしなかつた。上告人がこれまでのように被上告人の態度をたしかめる措置をとらない(事務所が移転しているのであるから、その措置に出でることも困難であつたろうが)のを「これさいわいとばかり」それに「つけこみ」履行遅滞をきめ込んでいた。五〇日近くもの間かような状態を続けている被上告人の態度は果して、債務者として誠実なものであろうか。信義に反しない行為といえるものであろうか。明らかに否定的に解さざるをえまい。かりに、現実の了知が代金支払の翌日であるとしても(この点についての原判決の認定は問題であり、いかにも不自然であるの感があり、この点の証拠もまちまちである。林証人は昭和三二年四月八日には「昭和二十八(七のあやまり)年二月七日午前中に第一回分を帝国銀行へ納入し……財務局係官に……早速電話したところ……ああそうかとの返事だつた、私たちは理事会をひらき(注、理事長のいない理事会とは奇妙である)旨で祝盃をあげ……。私たちは三井不動産の重役室にいたのです。そこへ理事長が真青な顔をし来まして、財務局長から呼ばれたので秘書をやつたところ……契約はすでに解除してある……といわれた。」と証言し、山沢証人は昭和三二年四月一〇日「此の解除の書面は翌日(八日)岩沢の参議院会館の事務所へ送られて来たが、それを封を切らずに参議院会館から証人の所へ送つて来たもので……」と証言し、岩沢本人は昭和三一年二月二九日「旅行中に納入したことを二月一〇日頃旅行から帰つて報告を受けました。分納金が返されたこともその時同時に聞きました。議員会館で秘書から財務局からの書面が来た、これは封も切らないで協会の理事に転送したと聞きました。私が旅行から帰つた後財務局からの原告宛の文書が来たことは知つています。私は原告側のものだから山沢の方に転送してくれと秘書に命じました。」と証言する。)解除がすでに一月一一日には効力が発生しているのであるから、これをもつて、解除が不意打の突然のものとすることはできない筈である。

原判決は本件解除が信義則に反しないとされるためには、延長の際その旨を十分相手方に徹底せしめ要すれば請書を徴するか、期間経過前に再度警告を発するか、さらに今一度相当期間を定めて催告するかする必要があつたとする。

この点については、前段までに詳細述べたところによつて、原判示の当らざる所以が明らかになつたものと信ずる。換言すれば、被上告人は、契約を締結するについて重大な過失があり、債務者としてなすべき配慮を怠つていたこと、昭和二六年一一月九日にいたるまでにおける債務の履行についての不信義な数々の行動、右同日における両当事者直接の紳士協定の経緯とこれに対する被上告人のその場のがれの不誠実な態度、その延長期間中又はその後代金納入までの、上告人の好意を無にした行為等に表現されるように、協同関係を前提とする債務関係の当事者の一方として信義則に副わない態度を示しているのである。これに対して、原判決のいうような繁雑な行為を上告人がしなければ、契約関係を離脱できないとするのは、いかにも両当事者間の地位の均衡を欠くものであり、その点で信義則を不当に適用するものといわねばならない。

三、最後に裁判例を若干掲げておくこととする。

(1)  債務不履行を理由として契約を解除する場合、その解除が許されないとするのは、その債務不履行が附随的義務の履行を怠つたような場合においてであることは判例である(最高昭和三六年一一月二一日民集一五巻一〇号二五〇七頁)。しかし本件の場合は明らかに被上告人の債務不履行は代金債務の不履行であり、かつ、本件的債務を全く履行していないのであるから、本件解除は右判例とは全く趣を異にするのみならず、反対解釈によれば、当然解除は許されることになる。

(2)  最高昭和三二年一月三一日民集一一巻一号八八頁によると、甲乙間に、甲所有の宅地建物を目的とし、代金八万二千円、割賦金の売買契約が成立したところ、乙は結局三万円の支払をしなかつたため、甲は乙に対し、相当期間を定め、残代金の支払の催告および右期間内に支払がないときは、契約を解除する旨の意思表示をしたが、右期間内に支払がなかつた場合、たとえその当時、甲において右売買物件の一部たる便所およびその敷地が売買の目的に含まれない旨事実に反する主張をなし甲乙間に紛争を生じ、売買の立会人であつた弁護士が仲裁中であつたこと、その他原審認定のような事情があつたとしても、単にそれだけで、乙が九三万円を支払わなかつたことに正当の理由があり、甲の契約解除は無効であると判断したのは審理不尽、理由不備である、とする。

これを本件についていえば、賠償機械の存在についての問題等があつたとしても、被上告人の債務不履行についての正当理由となり、契約の解除の解除が効力を生じないというわけにはいかない、ということになろう。

(3)  最高昭和三九年七月二八日、民集一八巻六号一二二〇頁は、賃貸借の解除について、催告金額九六〇〇円に対し、不履行額が三〇〇〇円程度であり、過去一八年間修繕費として二九〇〇〇円も支出しているような事情があるときは、解除は信義則上できないとする。債務不履行がいまだ信頼関係を破壊するにいたつていないというものである。賃貸借の判例をそのまま援用するわけにいかないけれども、債権関係においては、債務者が相当部分の債務を履行しているということ、信義則に照らし首肯できるような態度を債務者がとつていることが要求されるのであつて、本件のように主たる債務を全く履行しない債務者の債務不履行を信義則によつて救済するということは判例の態度ではないというべきであろう。

(4)  広島高裁昭和二八年一月六日、高裁集六巻二号四九頁は、和解契約で期限までに代金の支払がないときは、解除し借地権を放棄するとした場合、その後二回弁済期を延期し、その最後の弁済期の翌日甲に代金を提供した場合、これを拒絶しても権利濫用信義則違反にならぬ、とする。

又、名古屋地裁昭和三二年四月二六日(判例時報一二〇号二二頁)は、弁済期に一日おくれた弁済はこれを拒絶し、強制執行しても権利濫用とならぬとし、東京地裁昭和三二年一一月九日(下集八巻一一号二〇四七頁)は、弁済期を誤認して数日間履行を遅滞した場合に、明渡執行をしても権利濫用とならぬとしている。これらの裁判例は本件についても参考とせられるべきものと考える。

以上の次第で、原判決は法令ならびに契約の解釈、適用を誤まつたもので、その違背は、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄せられるべきものと信ずる。

以上

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